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Singin' for you

時が過ぎて 大人になっても 大好きだよ

イーノ(伊野尾)さん。

最近「伊野尾」という言葉をよく聞くようになった。自分がJUMPを追っているためにそのように感じていただけだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

いくつかはてなブログを見てみても、「伊野尾くんに降りた」「伊野尾くんにハートを射抜かれた」というような文字をよく目にするようになったし、伊野尾くんがTVに出演するとなればTwitterのトレンドにすぐ伊野尾くん関連のワードがランクインするようになった。
 
かつてこれほどまでに伊野尾くんがクローズアップされたことがあるだろうか。遡ってみると、もう10年くらい前だろうか。彼はJ.J.ExpressというJr.グループのセンターを務めていたことがあった。「センター」という役割を背負っている割には、気負いしているようには到底思えない、常に涼しげなベビーフェイスが特徴だった。
伊野尾くんはいつもそうだ。彼からは気負いや焦り、「苦」や「疲」という負の文字があまり浮かび上がってこない。むしろ、「楽」や「笑」のような文字が浮かびあがってくる。それは彼の無意識に発されるものだと思っていた。
 
しかしMyojoでの伊野尾くんの10,000字インタビューを読んだとき、驚いた。伊野尾くんがここまで考えていたとは…と。だって、それまでは伊野尾くんは「平成の高田純次」とか「テキトー」とかメンバーに言われっぱなしだったし、そもそも彼から自分の心の根深いところを発信するような機会ってなかった気がするから。いや、機会がなかったというよりも、伊野尾くんはあまり自分の本音の部分をあまり発信するタイプではないのかもしれないし、敢えて発信しないように心がけてきたのかもしれない。
 
思い返せば、伊野尾くんへの注目が集中し始めたのはこのときぐらいだった気がする。100アカやダークシステム、なるなる2と伊野尾くん個人のメディア露出も徐々に増えていってはいたが、普段自分のことをあまり話さない伊野尾くんがMyojoの10,000字インタビューで自身の思うところをたくさん話してくれたことが伊野尾くんへ注目が集まる大きなきっかけにもなったのではないか?と、思う。それはメディア露出の増加現象に加えてかなりの相乗効果を生んだのかもしれない。
2013年…そういえばこの頃から「伊野尾革命」という言葉も使われるようになっていった気もする。その契機となったのが、100アカの洞窟探検ロケ、そして久しぶりのドラマ「ダークシステム~恋の王座決定戦~」出演決定だろうか。これらは全て2013年中の出来事である。
 
伊野尾くんの人気が以前よりもぐんと上がってきてることは現場にいっても感じるし、Twitterやブログでも感じるほどになってきている。それを受けてか、最近の伊野尾くんのパート割が格段に増えたし、つい最近JUMPのサイトを見たら写真の中で前列に伊野尾くんが立っていた。今年には初主演舞台「カラフト伯父さん」も任され、最後まで演じきった。
 
そんな彼の人気の原点はなんだろうか。なぜこんなにも人を魅了し、心を掴んで離さないのか。伊野尾くんは元々ポテンシャルは高いし、容姿端麗である。でも、なぜ、いま?
その答えになるのが、やはり前述した「Myojoの10,000字インタビュー」ではないだろうか。
以下、抜粋。
 
(「小5でジャニーズに入ってから悔しくて泣いたこともあったのでは」という質問に対して「誰だって絶対そういうことはある」と答える伊野尾くんの話のやりとりから)

 

───でも、言いたくはない?
「言いたくない。だって俺、振り返れば、つらかったことより、楽しかったことばっか出てくるから。うれしかったことばっか。」
(中略)

 「そもそも苦労をしたりとか、つらいだの、大変だのっていうのは、この世界のことじゃないし。これを読んでる、みんなもしてる。みんな大変な思いをしてると思うし、挫折とかも味わってると思う。俺がそういうことを話せば、もちろん知らなかったとこが知れてっていうのもあると思うけど。やっぱり、俺は、楽しかった話とか、おもしろかったことの話とかだけしたい。そのほうが、自分も楽しいし、読んでる人も楽しいんじゃないのかなっていう」(「裸の時代~僕がJr.だった頃~ 伊野尾慧」『Myojo.2014.3月号』)

伊野尾くんは私たちファンに楽しんでほしいから…と、できるだけ苦労話はしたくないという。それは他の人の役割であって、自分は面白い話や楽しい話がしたい、と語る。彼の「無意識」だと思われていたものは、本音を語りたがらない性分は、実はファンに向けての伊野尾くんからの「最大の愛」だった。

 

「(略)先輩たちがいろんな領域に踏み込んでくれたわけじゃん?演技もそうだし、キャスターもそうだし。その領域を広げたところに、後輩たちがどんどん入っていって、どんどんジャニーズってものの可能性が大きくなってきたんだなって思ってて。で、じゃあ自分は、JUMPはどうしようって考えたとき、やっぱり、何か新しい領域っていうか、今まで誰も踏み入れてないところを、少しでも広げてみたいなっていうふうには感じてますね」(「裸の時代~僕がJr.だった頃~ 伊野尾慧」『Myojo.2014.3月号』)

(ドラマ「書店ガール」出演や初主演舞台「カラフト伯父さん」が決まったことに対して) 

JUMPというグループからしてみたら、デビュー当時は個人の仕事がゼロに等しい中でずっとやっていて。メンバーが活躍して、JUMPを好きになっていただけることもある。一種の課外活動がほぼなかった中で、こういうお仕事をいただいたので、メンバーに恩返しじゃないですけど、みんながしてきたことを、僕もきちっとJUMPを好きになってもらおうという気持ちもあります。(「Saturdayジャニーズ 伊野尾慧」『日刊スポーツ.2015.4.11』)

 

 伊野尾くんが本当に尊いのは、彼の仕事の原動力の全てが「感謝から始まる」ところだと思う。その感謝が、ジャニーズの先輩方であったり、JUMPのメンバーであったり、家族であったり、学校での友人であったり、私たちファンであったり。

ないものねだりじゃなくて、既にたくさん与えられていて、だからたくさん還元したい。お返しがしたい。そんな気持ちでいっぱいの伊野尾くんは、本当の意味で美しい。

 

───高校は、あえて堀越に行かなかったらしいね。

「最初、“堀越、行くんでしょ”みたいな感じで社長に言われたんですけど、“行きたくない”って言って。なんか、仕事以外の友だちがほしくて。仕事以外の空間を持ってるってのが、居心地いいっていうか。堀越だと(八乙女)光とか薮とか、みんな行ってたわけじゃん。」

───そうだね。

「でも、行った高校、全然なじめなくて(笑)。先生、俺にだけちょー厳しいし、友だちもいなかったし」(「裸の時代~僕がJr.だった頃~ 伊野尾慧」『Myojo.2014.3月号』)

 伊野尾くんの高校時代の話はなかなか闇が深い。一人でも飛び込んだ高校に行ってみれば、友だちがひとりもできなかった事実。軽く話したりできる人はいたかもしれないが、「ひとりも」というのは、本当にいつも一緒にいてくれる友だちという人は誰もいなかったということだろう。意外と、こういうことは青春時代の大きなキズになったりしやすい。

だけど、大学に入学し、理系にも関わらず留年・中退せずに4年で建築学科を卒業。卒業後もコンサートでは伊野尾くんの同じゼミの仲間や教授たちが来てくれて、「このあと飲むぞ」と書かれたうちわを持っていた、という目撃情報まであったくらい。そのくらいのかけがえのない仲間ができた。

最近発売された「JUMPing CAR 初回限定盤1」の座談会でも、年離れた漁師さんの友だちがいるという話も出ていた。過去の闇を確実に自分の力で変えていっている。そんな、実は力強い一面が、言葉にせずとも表れている。

 

伊野尾くんの「恩返し」はもう、恩返しじゃない。確実に伊野尾くんが自分の手で色んな道を切り拓いていっている。

伊野尾くんはもしかしたらJUMPの思わぬ伏兵かもしれない。それは相対する者を打ちのめす兵士というよりは、思わぬところから現れ、いざというときに護るような存在、という意味合いでだ。

 

そんな伊野尾くんも気づけば6月22日で25歳になった。これからの伊野尾くんは益々活躍の場を広げていってくれる。そんな期待で胸がワクワクする。そしてそれは多くの人が感じている。

 

 

伊野尾くんを応援する先に、素晴らしい未来の香りがする。